たけのこ

書物に最初に登場する野菜

古事記の中に、イザナギの命(みこと)が亡くなった愛妻のイザナミの命(みこと)との再会を求めて、黄泉(よみ)の国に出かけていくという有名なシーンが描かれています。しかし、イザナミの命が黄泉の国で会ったのは、あの美しかったイザナミの命ではなく、黄泉醜女(よもつしこめ)という醜い女でした。

「うわー、ば、化け物だー!」びっくりしたイザナギの命は、大慌てで黄泉の国から逃げ出そうとします。が、黄泉醜女(よもつしこめ)は「待てー!」と恐ろしい声で叫びながら後を追いかけてきます。

つかまっては大変とばかりに、イザナギの命は黄泉醜女に向かって身に着けていたものを投げつけます。

その中に、右の耳にさしていた神聖な竹の櫛がありました。イザナギの命がその櫛を折って投げつけると、なんと櫛は笋(たけのこ/「筍」の文字は日本書紀で使用されている)となったのです。「おー、食いものじゃ」とばかりに、黄泉醜女がその笋を抜いて食べている間に、イザナギの命はどんどんどんどん先に逃げて行ったのです。

 この話は日本書紀にも記載されていますが、こうした日本最古の書物に最初に登場する野菜が「たけのこ」です。(出典「古典文学と野菜」広瀬忠彦・東方出版)

 春先に地面から少し芽を出している筍を抜き取って食用とすることは、皆さんご存じのとおりです。ただ、一般に食用として知られている「孟宗竹」は、江戸時代に中国から沖縄を経由して鹿児島に伝えられたものですから、古事記の書かれた時代には日本には生息していませんでした。

 現在、日本で生産されている筍には、孟宗竹のほか「真竹」「淡竹」「四方竹」「大名竹」「根曲がり竹(姫竹)」などがあります。

 この中で、日本原産とされるものは真竹と根曲り竹ですが、古事記や日本書紀に登場する「たけのこ」はこの真竹ではないかと言われています。

 いずれにせよ、日本では古くから筍を食する習慣があり、筍が日本人になじみのある野菜であったことはまちがいありません。

有名だった東京の筍

文学にも筍が登場します。たとえば、永井荷風の「つゆのあとさき」には「片側には孟宗竹が林をなしている間から、その筍が勢い良く伸びて・・・」と、若竹が天に向かっている様子がつづられています。

ところで、現在では筍の水煮が一年中手に入るので、季節感はあまり感じられませんが、やはり、筍の旬は春です。

 春になると、親せきや知人から筍を送られてくるご家庭も多いかと思いますが、筍を包んだ紙や段ボール箱が水でぐしゃぐしゃになっていることがよくあります。これは、筍から多量の水分が出るために起こる現象です。送られた筍は、できるだけ早く調理をして召し上がってください。なにしろ、「朝、掘った筍はその日のうちに食べなさい」と言われるほど鮮度が重要で、香りと歯切れの良さ、それに甘みが筍の身上なのです。

 今は姿を見ることはなくなりましたが、かつて、目黒、世田谷には竹林が多く存在しており、美味しい筍といえば東京の筍が有名でした。とくに、目黒の筍は目黒式という独特の栽培方法の採用により、「太く、柔らかく、おいしい」と評判が高かったのです。明治6年発行の「日本産物誌」には、「練馬大根」「千住ネギ」と並んで「目黒の筍」があげられているほどでした。(目黒区/歴史を訪ねて)

 筍を選ぶポイントと栄養 

 次に、筍を選ぶポイントを紹介しましょう。

1.切り口がみずみずしくて白い。

2.皮全体が薄く、淡い黄色で色つやが良い。日に当たる時間が長いと皮が黒くなる。

3.穂先が黄色がかっていて開いていない。穂先が開いているとアクが強くなる。

4.太く短いものが美味なので、太った重みのある小ぶりのものを選ぶ。

 筍は時間の経過とともにアクが強くなるので、できるだけ早く下茹でします。茹でた筍の皮をむき、ゆで汁ごと密封容器に入れて冷凍すると長持ちします。しかし、鮮度が命の筍です。美味しく食べるには、すぐに調理した方が良さそうです。

かつお節と一緒に煮る「土佐煮」や若布と煮る「若竹煮」などが代表的な筍料理です。

栄養素は、疲労回復などに効果がある「ビタミンB2」や体内の余分な塩分を排泄する「カリウム」、うまみ成分の「グルタミン酸」「チロシン」などの「アミノ酸」、それに、便秘や大腸がんの予防になる「食物繊維」が豊富に含まれています。

「チロシン」は、茹でたときに出てくる白い粒状のものですから、取り除かずに食して頂きたいと思います。

 また、筍の食物繊維には、水に溶けず水分を吸収する「不溶性食物繊維」という種類が多く含まれています。この食物繊維が便秘を防ぐ役割を果たすわけですが、食べ過ぎると下痢をしやすくなるともいわれていますので、注意したいところです。

 淀橋市場の卸会社・東京新宿ベジフルの筍の出荷カレンダーによれば、宮崎県=12月下旬~4月中旬。熊本県=2月中旬~4月中旬。福岡県=3月中旬~4月下旬。静岡県=3月上旬~5月上旬。石川県=4月中旬~5月中旬。千葉県=3月下旬~5月上旬に入荷されます。(W)